いかようにして出来ないことを出来ると勘違いしてしまうのだろうか。 それも、その日のことだ。なんと滑稽なことか。
良い学びへの姿勢とは食事と似ているだろう。
数千年語り継がれてきた偉人のものにもありつける。
それを良い食事と知っているならば、それを前にして、
これを私は何度も食べたことからと、食さないことほど愚かなことないだろう。
良い食事であるなら何度も身体に入れるべきだ。
そんなことは誰でも知っているだろう。
しかし、できていなことは、できていないのだ。
それを自覚していないことほど滑稽なものはあるまい。
食事がすんだなら、すぐに自分の仕事を果たそう。
自分の意思1つくらいどうとでもできる。
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