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おもいつき20231126

この世に生を受けて最も価値のある時間をなぜそのように粗末な扱いをするのか。それは無限にあるもので決してはない。

たしかにその量は湯水のようにはかりきれないほど多いかもしれない。しかしいずれそれも枯れることを認識しなければならない。平気で他人に笑顔で差し出すものではないし、奪い取られ、かすめ取られるのが普通と考えてはならない。

それは、この世に生を授かったときから務めを果たすために預かったものだ。それをどのように扱うのかはお前の意思次第だが、数千年も語り継がれるホコリひとつない哲人から学んだように、善き行いをするために使うべきだ。その善き行いは生まれた環境や所属する組織また国によっても定義が変わるものであってはならない。そしてそれに正解はないのだろうが今日まで語り継がれる儒教の五常はまさしく哲学を行うにあたり、その倫理的思考に最も手本とすべきだ。仁・義・礼・智・信。

いままでの自分の行動を振り返ってそれはできていたか?今日はどうだ?それをできていると考えたとき自分に問いかけなければならない。

今までどれだけ自分に対する評価を誤ってきたか。他人に対しても。お前はまだ正しく状況を認知することができていない。だからそれを曇りなき正しい目で見るように細心注意をはらうべきだ。

その曇りなき目で自分に残された時間を見てみよ。そしてこれからどれだけその時間を他人に差し出す予定か数えてみよ。

お前に残された生は短いか?長いか?そしてそれを浪費しているだけか?善い行いをするのか?もう一度曇りなき目で自分自身に問い実践するのだ。日は上った。さあ実践するのだ。

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